「イオンが街の店をつぶす」、「イオンのせいでシャッター商店街が生まれるのは嘆かわしい」。ネット上でよく見かける気がする意見。
最近、ネットでなく自分の身近なところでも、このような論調に触れることがあり、改めて考えてみた。
かつて、小学校の近くの道は、小さな小さな商店街だったが、2024年現在、その筋のほとんど全部の店が閉まっている。
でも私は別にいい。というか、イオンが来てくれて本当に良かった。
イオンがあるから、すぐに日用品や食材を買いに行け、
イオンがあるから、地元の友達とちょっと会うときの場所に困らない。
イオンがあるから便利。ただそれだけじゃない。
イオンのおかげで、映画を見るのに電車に乗らないで済む。
イオンがなければ、電車に一人で乗れるようになるまでの間に、映画を映画館で見ることなんてなかったと思う。
イオンのおかげで、好きなアーティストの曲をフラゲし、さらに、なんとなく視聴した曲と運命的な出会いをするなどという、小説やドラマの中でよくある気がする音楽体験を、現実世界でもできる。("市内"にGEOはあるがちょっと遠い。"私の街"にCDショップなんてものはもともとなかった)
イオンのおかげで、他で食べられない料理を食べられる。
食べたことがないと、よその人と話すときに何らかの支障が生じる可能性があるんじゃないかと勝手に思ってる、「ミスド」や「ケンタッキー」。(マクドの店舗は奇跡的に、元から街にあった。それは後につぶれたけど。イオンのせいかも)
気軽に行くことなんてできやしない遠い国や地域の料理を出す店。(最近フードコートにリンガーハットができた。嬉しい!!)
街のおばちゃんがやってる店の、安くて素朴でおいしいけど、安い分タコが入っていないこともあるタコ焼きと違って、ちゃんと大きいタコが入ってて、いろんな味やトッピングがあって、表面カリカリの「銀だこ」。
イオンがないと、きっとこれらは電車や車に乗って食べに行くものだったと思う。
(ちなみに、泉南イオンのフードコートの入れ替わりは割と激しいものの、マクド・ミスド・ケンタッキー・サーティワン・銀だこの5店舗は、ずーっとある)
イオンのおかげで、電車に乗らずとも、自転車しか交通手段のない小学生のころから、一般的だったり、一般よりも恵まれているかもしれない文化的な生活ができている。
冒頭で、イオンがある我が街の小さな商店街は機能していないと書いたが、これが全てイオンのせいなのかはわからない。
イオンができたのは2004年で、私は2000年生まれなので4歳。
そんな私が小学校に入るころには、その商店街の店は既に半分ぐらいしか開いていなかった。
チェーン店は0で、すべて個人がやってる、電気屋と、整骨院と、美容院と、パンや文房具・雑誌などをいろいろちょっとずつ売ってる個人商店。
住宅よりも店の方が多く並んでいるだけで、「商店街」と呼べるかも怪しいが、母が小さいころはもう少し店があったらしい。
その商店街も、今では開いているのは整骨院と美容院だけ(たぶん。最近そっち方面へ行くことがなくてあんまりわからない)。
個人商店と電気屋は閉まって、「ヤマザキパン」・「ゼブラボールペン」・「TOSHIBA」・「松下電工」といった看板は取り払われてしまった。
イオンのせいと、店主の高齢化との半々ぐらいなんじゃないかと個人的には思っている。
イオンがなければ今でも開いていたのかというとかなり怪しい。イオンでもお菓子は売っていて、イオンの方がお菓子の種類は多いのに、街に2軒ある、おばちゃんの個人の駄菓子屋は、今も変わらず営業中だし。
なじみの店がなくなっていったのは寂しい。その気持ちは確かにあるけれど、「仕方ないよね」の気持ちの方が強く、
それに、イオンがもしなかった場合、上記の、イオンによって得られている、一般的な、もしくはそれ以上に文化的な生活を、この商店街が提供してくれたのかというと、確実に”ノー”だと思う。
だから私は、イオンがあって、本当に良かった。
ただ、商店街の範囲外だけれども、オークワがつぶれたのはショックだった。
「オークワ」。主に和歌山県や大阪南部に展開しているスーパー。
スーパーマーケットだけじゃなく、フードコートや本屋、100均など、決してイオンモールほど大規模ではないけど、色々なお店が入っている、ショッピングセンター型のオークワもあり、
我が街に存在した、「オークワ スカイシティ泉南店」も、いろんな店のあるショッピングセンターだった。
オークワはよかった。フードコートに巨大噴水があった。吹き抜けになってて、2階から噴水を見下ろすのが楽しかった。
フードコートへの入り口には、壁に空いた穴から水が流れる、滝みたいなタイプの噴水もあり、それもなんだか好きで、ずっと眺めていた。
超広大なダイソーもあった。なんかの店が撤退したスペースが、もともとあったダイソーの拡張に使われ、巨大ダイソーとなった。
巨大ダイソーの入り口には、USJのゲートみたいな、改札っぽい入り口のところに棒があって、その棒を押して回転させることで中に入れるやつ(調べたら「ターンゲート」とかいう名前らしい)があって、その入り口から入るのが面白くて、何度も繰り返し入っていた。
イオンのダイソーよりもはるかに広かったので、イオンができた後も、ダイソー目当てに行くときは必ずオークワヘ行った。
他にも、ダイソーの横だったはずの本屋で、お腹が痛くなる「青木まりこ現象」を体験したり、外にあるマクド(中のフードコートにもマクドがあったはず。記憶が正しければ、ありえないほどのマクド過密地帯だった)で、生まれて初めて飲んだシェイクがおいしすぎたり、
館内で流れるテーマ曲がみんな大好きだったりした、
そんなオークワの最期は悲しかった。
フードコートは、ほぼ全店舗が撤退し、シンボルだった噴水は止まり、水は抜かれた。
人も少なかった。自分も行かなくなっていた。申し訳ない。
イオンのせい?
オークワが閉店したのは2014年。イオンができてから10年後だ。
だいぶうまく共存したんじゃないかなと思う。オークワのお寿司はおいしかったから、我が家はスーパーのお寿司は断然オークワ派だったし(オークワのお寿司は美味しいので、今でも、恵方巻きなどを泉南市の隣の阪南市の尾崎のオークワまで買いに行くことがある)、前述の通りダイソー行くのもオークワだったし。
まあでもイオンがなかったら、オークワは今でもあったんじゃないかとは思う。
だけど、だけどやっぱり、私はイオンがあって良かった。
イオンのおかげで、イオンがあるからこそ、大阪市まで電車で1時間かかる田舎でも、いろんな体験のもとで暮らせている。
だから、田舎のイオンモールへの批判、私は全然しっくりこない。
ところで、イオンができようが、田舎は田舎だ。人が少ない。潰れる店も多い。イオンの中も最近は寂しくなってきた。
レストラン街のバイキングレストランが閉まって数年、一瞬ハワイ料理屋になったがすぐに潰れて、今はずっと空いたまま。
ディッピンドッツ、この前できて一回行って、また行きたいと思ったらなくなってた。たった半年だった。
CDショップがあるから、イメージ上でよくありそうな音楽体験を、実際にできて嬉しいとさっき書いたけど、今イオンにあるCDショップももうすぐ閉店する(泉南イオン2階のCDショップ「MUSIC SHOP BIG」、一部商品を除いての50%オフ閉店セール中なので、みんな行こう!!)。
イオンでさえこんなだ。我が街の店が消えていったのはイオンのせいなのか。違うような気がする。
大丈夫だと思うけど、街からいなくならないで。
イオンがないと私は生活できないから。
以上、泉南イオンにすぐ行ける地域のうちのひとつに生まれ育って現在も暮らしている、ひとりの人間の、個人的な意見でした。